英語配列 17 種をローマ字入力で使うと何が起きるか — Colemak と新月配列を組み合わせる根拠
Colemak・Canary・Sturdy・Dvorak など英語向け 17 配列を、英語コーパスと日本語ローマ字入力の両方で同じ時間モデルで評価しました。英語 1 位の Canary がローマ字で最下位になる理由と、Colemak + 新月配列という構成が成り立つ根拠を示します。
英語配列を日本語でも使えるのか
Colemak や Dvorak に乗り換えた人が次に悩むのが、「この配列のままローマ字入力すると遅くなるのでは」 という問題です。英語向けの新配列は英語の 2 文字連接(bigram)を最適化して作られており、日本語ローマ字の子音 + 母音という並びを想定していません。
そこで英語向け 17 配列を、同じ時間モデルで英語と日本語ローマ字の両方 にかけました。判定基準・コーパス・重み感度は 日本語入力 56 方式のベンチマーク と共通です。
1. 英語ランキング(英語コーパス 20 万字)
| # | 配列 | ハード | QWERTY 位置のままのキー | 時間/字 | 95% CI | SFB | 交互 | 順位範囲 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | Canary | ANSI 30 | — | 1.439 | 1.430–1.449 | 1.2% | 57% | 1–1 |
| 2 | Sturdy | ANSI 30 | Z | 1.463 | 1.445–1.484 | 1.0% | 58% | 2–2 |
| 3 | APT v3 | ANSI 30 | — | 1.484 | 1.450–1.523 | 1.0% | 56% | 3–4 |
| 4 | Semimak JQ | ANSI 30 | — | 1.486 | 1.459–1.517 | 0.9% | 62% | 3–4 |
| 5 | Colemak-DH (ANSI) | ANSI 30 | A Z X C | 1.512 | 1.481–1.551 | 1.5% | 54% | 5–5 |
| 6 | Colemak | ANSI+数字段 | A Z X C V | 1.529 | 1.497–1.567 | 1.5% | 54% | 6–7 |
| 7 | Graphite | ANSI 30 | X | 1.563 | 1.537–1.590 | 1.0% | 61% | 7–9 |
| 8 | Nerps | ANSI 30 | — | 1.565 | 1.534–1.599 | 1.1% | 60% | 7–8 |
| 9 | Gallium v2 | ANSI 30 | — | 1.578 | 1.550–1.608 | 1.1% | 61% | 9–10 |
| 10 | Dvorak | ANSI+数字段 | A | 1.580 | 1.540–1.625 | 3.0% | 64% | 6–11 |
| 11 | Engram | ANSI 30 | — | 1.592 | 1.563–1.628 | 1.7% | 61% | 9–11 |
| 12 | Workman | ANSI 30 | A Z X | 1.651 | 1.625–1.683 | 2.5% | 51% | 12–13 |
| 13 | Hands Down Neu | ANSI 30 | — | 1.665 | 1.640–1.698 | 1.0% | 61% | 12–13 |
| 14 | MTGAP 2.0 | ANSI 30 | — | 1.673 | 1.639–1.706 | 1.5% | 61% | 14–14 |
| 15 | Norman | ANSI 30 | A Z X C V | 1.713 | 1.685–1.744 | 4.5% | 51% | 15–16 |
| 16 | Halmak | ANSI 30 | — | 1.717 | 1.690–1.746 | 2.2% | 60% | 15–16 |
| ══ 壁(Δ +0.428) ══ | ||||||||
| 17 | QWERTY | ANSI 30 | A Z X C V | 2.145 | 2.118–2.173 | 4.5% | 48% | 17–17 |
英語では同時押しが無いので β の影響が無く、順位は重みだけで決まります。それでも 壁は QWERTY の手前 1 本だけ でした。Canary と Colemak の差は 6% で、隣接同士なら有意でも群としては分かれません(Dvorak が 6〜11 位で揺れて群をつなぐため)。
つまり QWERTY からの脱出だけが有意で、そこから先の乗り換えは同格グループ内の移動 です。
ショートカットキーの位置
英語配列を選ぶ実務上の争点は、Ctrl+Z / X / C / V(取り消し・切り取り・コピー・貼り付け) の位置です。この 4 つが QWERTY と同じ位置にあれば、既存の指の記憶と全アプリのショートカットがそのまま使えます。
上の表の「QWERTY 位置のままのキー」列を見ると、Z X C V を 4 つとも QWERTY 位置に保っているのは Colemak・Norman・QWERTY の 3 つだけ です。そして その中で最速が Colemak(6 位、1.529) になります。Colemak-DH は D と H の移動に伴って C と V の位置が動くため、この条件からは外れます。
「ショートカットを崩さない」という制約を課したとき、Canary(1 位)ではなく Colemak が選択肢の先頭に来る のはこのためです。1 位との差は 6% で、有意な壁の内側にあります。

2. 同じ 17 配列をローマ字入力で使うと
同じ配列定義に日本語のローマ字テーブルを載せ、公開コーパス(15 万かな)で測り直します。順位はほぼ総入れ替えになります。
| 日本語での順位 | 配列(ローマ字入力) | 時間/かな | 英語での順位 | 順位の変化 |
|---|---|---|---|---|
| 29 | 大西 | 2.156 | (英語評価対象外) | — |
| 31 | Eucalyn | 2.376 | (英語評価対象外) | — |
| 33 | Norman | 2.511 | 15 | ↑ 英語 15 位 → 英語 17 配列の中でローマ字最速 |
| 34 | DvorakJP | 2.579 | (ローマ字専用) | — |
| 35 | Hands Down Neu | 2.746 | 13 | |
| 36 | Workman | 2.746 | 12 | |
| 37 | MTGAP 2.0 | 2.761 | 14 | |
| 38 | Dvorak | 2.888 | 10 | |
| 39 | Engram | 2.943 | 11 | |
| 41 | Semimak JQ | 2.966 | 4 | ↓ |
| 42 | Colemak-DH | 2.971 | 5 | ↓ |
| 44 | Colemak | 3.003 | 6 | ↓ |
| 46 | APT v3 | 3.048 | 3 | ↓↓ |
| 48 | Halmak | 3.144 | 16 | |
| 49 | Nerps | 3.156 | 8 | ↓ |
| 50 | Gallium v2 | 3.189 | 9 | ↓ |
| 52 | QWERTY | 3.195 | 17 | — |
| 53 | Graphite | 3.202 | 7 | ↓↓ |
| 54 | Sturdy | 3.214 | 2 | ↓↓↓ |
| 55 | Canary | 3.317 | 1 | ↓↓↓ 英語 1 位 → ローマ字最下位 |
(順位は日本語 56 方式全体の中での順位です)
Canary がローマ字で最下位になる理由
英語 1 位の Canary が、ローマ字入力では QWERTY より遅い最下位(3.317) になります。Sturdy(54 位)・Graphite(53 位)も QWERTY 並みです。
原因は最適化の方向にあります。英語向けの新配列は、英語の子音連接や語尾パターンに合わせて 母音を左右に散らし、上段・下段も積極的に使う ように作られています。一方ローマ字入力は「子音 → 母音」の 2 打鍵が全体の大半を占めるため、必要なのは 母音 5 文字がホーム段のまとまった位置にあること です。この 2 つの最適化目標が真っ向からぶつかります。
補助指標を見ると差がはっきりします。ローマ字入力時の指負荷ペナルティは Canary が 0.891、Sturdy 0.853、APT v3 0.814 と大きく、Colemak 0.521、QWERTY 0.217、大西 0.059 と続きます。英語で洗練された配列ほど、ローマ字では負荷が偏る という逆転が起きています。
大西配列だけが別格
日本語ローマ字で最速の英語系配列は 大西配列(2.156、全体 29 位) で、次点の Eucalyn(2.376)に 10% 差をつけています。大西は母音を左手にまとめる設計で、ローマ字の「子音 → 母音」を左右交互打鍵に落とし込めます(交互率 82.1%、ローマ字系で最高)。
英語と日本語を 1 つのローマ字配列で両立させたいなら、現実的な解は大西だけです。
ただし大西でも、かな系配列との差は 15% 以上あって越えられません。上位のかな系(1.74〜1.89)に対して大西は 2.156 で、+15〜24% の位置です。短縮符号を足した「大西 + 短縮」でも 2.153 と、改善は 0.15% しかありませんでした。
3. 「Colemak + 新月配列」という組み合わせ
ここまでのデータをまとめると、次のようになります。
| 目的 | 最適な選択 | 根拠 |
|---|---|---|
| 英語を速く打つ | Canary〜Halmak の 16 配列は同格。ショートカットを保つなら Colemak | 英語ランキング 6 位、Z X C V を維持する中では最速。1 位との差 6% は壁の内側 |
| 日本語を速く打つ | かな配列(新月・月系・新下駄など) | ローマ字系との差は 15% 以上。この差はローマ字配列を変えても埋まらない |
| 1 つのローマ字配列で両立 | 大西 | ローマ字系で最速だが、かな系には届かない |
つまり 「英語配列の選択」と「日本語入力方式の選択」は、別々に最適化したほうが速い という結論になります。ローマ字入力を捨てて日本語をかな配列に移せば、英語配列側はローマ字適性を気にせず英語だけで選べます。
新月配列は、この分業と相性の良い性質を 2 つ持っています。
- 英語配列と競合しない。Windows / Linux では hazkey のローマ字テーブル(かな → キー列の対応表)を差し替えるだけで導入でき、キーボード配列そのものは触りません。macOS は Karabiner-Elements の設定として導入します。どちらも英語入力時の配列はそのままです。
- QWERTY 版と Colemak 版の両方の定義ファイルを配布している。Colemak を使っている人は Colemak 版(
shingetsu-ansi-colemak.tsv)を読み込むだけで、刻印どおりの配置で使えます。
「英語は Colemak、日本語は新月配列」という構成は、英語ランキングでショートカットを保ちつつ最速の配列と、かな系の第 1 群に入る日本語入力方式を、干渉させずに両方取る という組み合わせです。
導入手順は トップページの導入方法 を、日本語側の位置づけは 56 方式ベンチマーク を参照してください。
4. 注意点
- 英語の順位も「実測」ではなくモデル推定です。文献では、Colemak / Dvorak を同一被験者で QWERTY と比較した査読付き研究は 1990 年代以降見つかっていません。近年の Monkeytype 等の配列別統計もユーザーの自己申告ベースです。
- 大規模実測としては Dhakal ら(CHI 2018、16.8 万人・1.36 億キーストローク)の QWERTY 平均 52 WPM・上位 5% が 80 WPM 超・最速約 120 WPM があります。配列間の比較データではありません。
- ローマ字入力の評価では、各配列の定義に日本語のローマ字テーブルを載せた上で、句読点・長音などの記号キーも実際に使う位置で計算しています。数字段や周辺キーを使う配列はその分ペナルティを受けます。
データと再現方法
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 評価器 | 統一評価器 evaluate.py。日本語・英語で同一の時間モデル |
| 英語コーパス | 200,001 字(Pride and Prejudice + Wikipedia 2 記事) |
| 日本語コーパス | 公開 150,024 かな(青空文庫『こころ』『坊っちゃん』+ Wikipedia 10 記事)/私的 91,875 かなで対照 |
| 配列定義 | 英語 17 配列を出典 URL つきの JSON で定義(Colemak-DH は ANSI 版、Canary は Angle-Mod 無しの既定版) |
| 信頼区間 | 40 チャンク × 200 回ブートストラップの 95% |
| 感度分析 | 重み 5 セット(既定 / 同指 2.0 / 交互 1.0 / 小指 2.4 / E 平坦)× β 3 通り = 15 条件。英語は同時押しが無いため β の影響なし |
| 壁の定義 | 上側の全配列が下側の全配列に対し、95% CI が重ならず かつ 15 条件すべてで順位が上 |
| 測定日 | 2026-09-13 |
新月配列の Colemak 版・QWERTY 版の定義ファイルは GitHub リポジトリ(MIT)で公開しています。
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