日本語入力 56 方式を同じ物差しで測った — かな配列ベンチマークと有意差の壁

月配列・新下駄・薙刀式・親指シフト・JIS かな・ローマ字入力 23 通りを含む日本語入力 56 方式を、同一の時間モデル・同一コーパスで評価しました。統計と重み感度の両方で越えられる差だけを「壁」として引いた結果と、新月配列の位置を公開します。

更新(2026-10-18): 大岡俊彦氏の記事で挙げられた配列と、薙刀式の現行版 v17 の計 9 方式を、56 方式と同じ評価器・同じ公開コーパス・同じ条件で追加で測りました(測定は 2026-10-16)。結果は3 章のあとの追記にまとめています。元の 56 方式の値は変わりません。2 章の表・図・順位は 56 方式のままで、追加分は入れていません。あわせて次を直しました。

  • 「かな系とローマ字系の差は 15% 以上」は誤りでした。56 方式の数値でも、上位のかな系(1.74〜1.89)と、評価したローマ字系で最速の 大西 + 短縮(2.153)の差は 14〜24% です。追加した夏目配列(2.109)を入れると 11〜21% になります(この記事の結論・3 章・5 章)。
  • 追加した夏目配列が、かな系の 月配列 3-226(2.107)と並びました。3 章で「かな系とローマ字系の境目」とした境界の候補はなくなったので、その記述を直しました。
  • 2 章の注記と 4-5 に、薙刀式 v17 を測ったことを追記しました。

更新(2026-10-17): 新月配列が v9.0(配布 v2.0.0)になったので、v9.0 の位置を 3 章の末尾に追記しました(時間/かな 1.891。表の 新月 v8.6 と 月配列 2-263 の間で、同じ群です)。表・図・順位は評価時(2026-09-13)の記録のままで、書き換えていません。表と本文にある「新月 v8.6(現行)」の「現行」は、評価時の現行版という意味です。

更新(2026-10-15): 大岡俊彦氏の記事での指摘をきっかけに見直し、次を直しました。数値は変えていません。

  • 薙刀式の版: JIS 版は v14(集大成版)の定義で評価していました。初出では 2 行とも v15 と書いていました。
  • 時間モデルの式を全文載せました(1 章)。
  • 図の色分け(ハード要件)が 9/25 の訂正と食い違っていたため、かな系/ローマ字系の 2 区分で描き直しました。
  • ローマ字系についての結論を「評価した 23 通りでは」に限定し、評価対象の内訳(合計が 56 にならなかった)を直しました。
  • 新月配列の濁拗音(じゃ・ぴょ など)は ☆ → ゛ → キーの 3 打で数えていることを明記しました。
  • 評価時の新月の定義ファイルにあった並び順の誤りと、その影響の試算(−0.16%)を 4-7 に追記しました。

訂正(2026-09-25): 初出時、薙刀式に ortho/split や 40% キーボードが必要、月見草・ぶなに JIS 余剰キーが必要、新下駄が無変換・変換キーを使う、と書いていましたが、いずれも誤りでした。薙刀式は 30 キー + スペースで標準キーボードで動き(公式マニュアル v17)、月見草は作者配布の定義に ANSI キー([ ')も含まれ、ぶな v3.0rc3 は 30 キーに収まり、新下駄のシフトは文字キー(中指・薬指)です。これに伴い「ANSI で動く数少ない方式」という新月配列の位置づけも撤回しました。数値は変更していません。

この記事の結論

日本語入力の「どれが速いか」は、方式ごとにキー数もハード要件もバラバラなため、まともに比べられていませんでした。そこで ハード制約を一切かけず(JIS の余剰キー・親指キー・ortho/split を含む)、日本語入力 56 方式を 同じ時間モデル・同じコーパス で評価しました。

分かったことは 3 つです。

  1. 上位のかな系はすべて同格。新下駄・親指シフト NICOLA・月見草・薙刀式・新月 ANSI30・新月・月配列 2-263 などは、95% 信頼区間と重み感度の両方を見ると順位を確定できません。ハードを解禁しても、新月配列を統計的・モデル的に有意に超える配列は見つかりませんでした。
  2. 上位のかな系とローマ字系の差は 11% 以上。2026-10-18 に追加した 5 配列を含む、評価したローマ字系 28 通りで最速の夏目配列(2.109)でも、上位のかな系(1.74〜1.89)とは 11〜21% の差がありました。ただし夏目配列は、かな系の 月配列 3-226(2.107)と並びます。かな系の下位とローマ字系の上位は重なっています。四月一日配列など、評価していないローマ字系の配列もあります。(2026-10-18 訂正: 初出は「かな系とローマ字系の差は 15% 以上」。56 方式の数値でも、上位のかな系と 大西 + 短縮 の差は 14〜24% でした)
  3. 新月配列は JIS 余剰キーも親指キーも同時押しも使わずに第 1 群にいます。ただし「標準キーボードだけで動く」配列は新月だけではありません。順次打鍵では月見草(31 キー)、同時押しでは薙刀式(30 キー + スペース)が同じ帯にいます。

「日本最速」でも「1 位」でもありません。「同格グループの中にいる。装備の条件は月見草・薙刀式と同じ」 というのが、このデータから言える正確な表現です。


1. どう測ったか

時間モデル

打鍵(同時押しは 1 動作)ごとに「キーの重さ × 直前の動作からの遷移係数」を足し、かな 1 文字あたりに割ります。評価器(evaluate.py)の式は次のとおりです。

コスト = Σ base(Aᵢ) × T(Aᵢ₋₁ → Aᵢ) + 0.3 × 同指スキップグラムの数
時間/かな = コスト ÷ かな数 + 指負荷ペナルティ
base(単打) = E(キー)
base(n キー同時押し) = 最も重いキーの E + β × (n − 1)

最初の動作は T = 1 とします。同指スキップグラムは、1 つ置いた 2 動作が別のキーで同じ指を使うものです。以下の値は既定の重みセットです。

キーの重さ E

要素値
指のベース(人差指 / 中指 / 親指)1.0
指のベース(薬指)1.1
指のベース(小指)1.6
上段+0.4
下段+0.5(薬指・小指はさらに +0.3)
人差指の内側列(T G B / Y H N)+0.5
数字段・英字 3 行の外の周辺キー(- [ ] など)2.2 固定

遷移係数 T(直前の動作 → この動作)

遷移T
左右交互0.9
同じ手・隣の指・同じ段0.95
同じ手・内向き(小指 → 人差指の向き)1.0
同じ手・外向き1.1
同じ指・別のキー1.6 + 0.25 × 段差
同じキーの連打1.15

左右交互以外のすべての遷移には、さらに次を加算します(2 段以上の跳び +0.4、人差指の内側列が絡む +0.15)。

指負荷ペナルティ(かな 1 文字あたりに加算)

  • 各指の打鍵割合が上限を超えた分の合計 × 3.0。上限は小指 9%・薬指 13%・中指 20%・人差指 24%(親指は上限なし)
  • 左右の打鍵割合の差が 10% を超えた分 × 2.0

動作の数え方

  • 前置シフトは 1 打として数えます(☆ → 文字 は 2 打)。
  • 同時押しは 1 動作とし、コスト = 「最も重いキーの労力 + β ×(キー数 − 1)」。β は同時押しの重さで、β = 0.3 / 0.6 / 1.0(2 キー同時押しが単打の 1.3 / 1.6 / 2.0 回分)の 3 通りを回し、主表は β = 0.6 を採用しました。
  • 新月配列の濁拗音(じゃ・ぴょ など)は、配布テーブルどおり ☆ → ゛ → キーの 3 打で数えています(ひ ゛ ゛ ょ の 5 打ではありません)。

統計とモデル感度

  • 信頼区間: コーパスを 40 チャンクに分割し、200 回のブートストラップで 95% 信頼区間を出しました。
  • 重み感度: 重みセット 5 通り(既定 / 同指 2.0 / 交互 1.0 / 小指 2.4 / キー労力を平坦化)× β 3 通り = 15 条件で順位を取り直し、最良順位〜最悪順位の幅を「順位範囲」として併記しました。
  • 「壁」の定義: ある境界の上側にある全配列が、下側にある全配列に対して (a) 95% 信頼区間が重ならず、かつ (b) 15 条件すべてで順位が上 のとき、そこに壁を引きます。壁で区切られた区間を同格グループとします。

この定義は意図的に厳しくしてあります。「たまたま既定条件で 0.01 速い」を勝ちと呼ばないためです。

コーパス

用途内容規模
主表(日本語)青空文庫『こころ』『坊っちゃん』+ Wikipedia 10 記事150,024 かな
対照(日本語)私的コーパス(内容非公開)91,875 かな
主表(英語)Pride and Prejudice + Wikipedia 2 記事200,001 字

記号「」と ゔ は打てない配列があるため、公平のため全配列でコーパスから除外しています。


2. 日本語ランキング(上位 20)

推定時間/かな。小さいほど速いという指標です。絶対値に物理的な意味はなく、方式間の比だけを読んでください。

#方式打鍵方式ハード要件キー数時間/かな95% CIβ=1.0打鍵/かな順位範囲
1新下駄同時数字段・JIS 記号キー391.7431.731–1.7601.8711.261–14
2親指シフト NICOLA親指同時JIS 余剰キー351.7561.745–1.7671.9301.411–23
3月見草順次標準(ANSI 可)311.8041.796–1.8111.8041.231–6
4薙刀式 v15 (ortho)同時標準(定義は ortho 配置)301.8111.799–1.8211.9981.201–24
5新月 ANSI30(で 単打)順次ANSI 30301.8151.811–1.8181.8151.382–14
6新月 ANSI30(ぶ げ 単打)順次ANSI 30301.8241.818–1.8321.8241.363–12
7新月 ANSI30(効率)順次ANSI 30301.8251.821–1.8291.8251.393–17
8薙刀式 v14 (JIS)同時標準291.8511.841–1.8802.0441.164–26
9飛鳥 123親指同時JIS 余剰キー371.8561.836–1.8822.0591.343–27
10新 JIS順次JIS 余剰キー341.8741.868–1.8831.8741.263–11
11朧月順次JIS 余剰キー321.8821.862–1.9071.8821.295–21
12新月 v8.6(現行)順次標準(ANSI)30+2※1.8871.879–1.9001.8871.346–18
13月配列 2-263順次JIS 余剰キー331.8921.883–1.9051.8921.304–14
14新月 8.6(analyzer 版)順次ANSI+数字段331.8931.881–1.9091.8931.338–16
15月配列 T順次JIS 余剰キー331.9101.901–1.9201.9101.326–16
16月配列 U9 完成版順次JIS 余剰キー331.9191.915–1.9261.9191.308–16
17中指シフト月光順次JIS 余剰キー321.9251.917–1.9361.9251.315–17
18月配列 K順次JIS 余剰キー401.9331.920–1.9511.9331.272–20
19ミズナラ順次JIS 余剰キー331.9351.923–1.9501.9351.3010–22
20月配列 4-698 幸花順次JIS 余剰キー331.9401.929–1.9781.9401.3215–21

ローマ字系と JIS かなの代表値

#方式ハード要件時間/かな打鍵/かな上位かな系(1.74)との差
28ローマ字 大西 + 短縮符号ANSI(周辺キー)2.1531.71+24%
29ローマ字(大西)ANSI(周辺キー)2.1561.71+24%
31ローマ字(Eucalyn)ANSI+数字段2.3761.71+36%
33ローマ字(Norman)ANSI+数字段2.5111.71+44%
34DvorakJPANSI+数字段2.5791.56+48%
44ローマ字(Colemak)ANSI+数字段3.0031.71+72%
45JIS かなJIS 余剰キー3.0061.21+72%
52ローマ字(QWERTY)ANSI+数字段3.1951.71+83%
55ローマ字(Canary)ANSI+数字段3.3171.71+90%

JIS かなが 45 位まで落ちるのは、打鍵数(1.21 打/かな)は最少クラスなのに、かなが数字段を含む 4 段 50 キーに散っていて、キー労力と小指負荷(34.2%)が跳ね上がるからです。打鍵数だけを見ると評価を誤ります。

日本語入力 56 方式の統一評価。推定時間/かなを横棒グラフで昇順に並べた図。上位に新下駄・親指シフト NICOLA・月見草・薙刀式・新月 ANSI30 が並び、ローマ字系は 2.1 以降に固まっている。各バーには 95% 信頼区間のエラーバーが付いている

※ 新月がかなを割り当てるのは英字 3 行の 30 キーです。「」は IME 既定どおり [ ] で打ち、評価用の定義ファイルにはこの 2 キーも含めたため 32 キーと数えていました。「」はコーパスから除外しているので結果には影響しません。

※ 薙刀式の 2 行は版が違います(ortho は v15、JIS は v14 集大成版。どちらも eswai keyboard_analyzer 収録の定義)。2 行の差は配置の違いだけによるものではありません。(2026-10-18 追記: 現行の v17 も追加で測りました。追記を参照)

※ 新月 v8.6 は評価に使った定義ファイルの版名で、かなの配置は評価時(2026-09-13)に公開されていた v1.1.0 と同じです。2026-10-17 に v9.0(配布 v2.0.0)が公開されました。v9.0 の位置は 3 章の末尾にあります。

「ハード要件」列は、各配列について評価に用いた定義ファイルの範囲を示したもので、月系 10 配列については後述のとおり月配列 2-263 のテンプレートを流用しているため、実際の要件を個別に確認したものではありません。

図には全 56 方式を推定時間/かなの昇順で収録しています(エラーバーは 95% 信頼区間、赤破線が有意差の壁、灰点線が「隣接 2 配列だけで見れば有意」な弱い壁)。色はかな系とローマ字系の 2 区分です(初出時はハード要件で色分けしていましたが、9/25 の訂正と食い違っていたため外しました)。

(2026-10-18 追記)表と図は 56 方式の評価時のままで、追加で測った 9 方式は入れていません。ローマ字系では、追加した夏目配列(2.109)と大和配列(2.120)が、表の大西(2.156)・大西 + 短縮(2.153)より速い結果でした。詳しくは追記にあります。

打鍵数と 1 打の重さに分けると

時間/かな は「打鍵/かな」と「1 打あたりの重さ」の積に分けられます(同時押しのない方式で比べています)。

方式打鍵/かな1 打あたり時間/かな
月見草1.231.461.804
新月 v8.6(現行)1.351.401.887
月配列 2-2631.321.431.892
ローマ字(大西)1.711.262.156
JIS かな1.212.493.006
ローマ字(QWERTY)1.711.873.195

ローマ字系は 1 打あたりが軽い大西でも、打鍵数が新月の 1.27 倍あるため、かな系に届きません(1 打は新月より 10% 軽く、打鍵数は 27% 多い)。逆に JIS かなは打鍵数が最少クラスでも、1 打が重い(数字段・小指)ため遅くなります。打鍵数の影響は大きいものの、それだけでは決まりません。

(2026-10-18 追記)追加で測った夏目配列は、1 打あたり 1.23 と大西(1.26)より軽いものの、打鍵/かな は 1.71 で大西と同じです。かな系には届きません。

※ ここでの打鍵/かなは時間の計算と同じく「押したキーの数 ÷ 変換できたかな数」で、上の表の「打鍵/かな」(keyboard_analyzer 互換の数え方)とは小数第 2 位で違うことがあります。1 打あたりには指負荷ペナルティを含みます。


3. 壁と同格グループ

日本語では、厳密な壁は 1 本も引けなかった

上に書いた厳しい定義では、壁は 0 本、同格グループは 1 群になりました。つまり「56 方式のうちどれが速いか、この方法では確定できない」というのが形式的な答えです。(2026-10-18 追記: 9 方式を足した 65 方式でも、厳密な壁は 0 本、同格グループは 1 群でした)

ただし、これは 1 か所だけの取りこぼしによるものです。境界候補は 月配列 3-226(2.107)/ ローマ字 大西 + 短縮(2.153)、すなわち かな系とローマ字系の境目 にありました。ここを壊しているのは 15 条件のうち「同指ペナルティを 2.0 に上げた 1 条件で、月 3-226 と大西が逆転する」という 1 組だけです。

(2026-10-18 訂正)初出ではここに「それを除けば、かな系とローマ字系の間には 15% 以上の差があり、実質的な境界はそこにあります」と書いていました。しかし、境界候補をはさむ 2 方式の差は約 2%(2.107 と 2.153)です。上位のかな系(1.74〜1.89)と比べた差も 14〜24% で、15% 以上ではありませんでした。また、追加で測った夏目配列(2.109)と大和配列(2.120)が、この 2 方式のあいだに入りました。夏目配列は月配列 3-226 と並びます(95% 信頼区間が重なり、15 条件での順位範囲も同じ)。追加後は、この位置に境界の候補はありません。65 方式で壁に最も近い位置でも、壁の条件を破るペアが 4 組あります(56 方式では 1 組)。

上位のかな系が分かれない理由

信頼区間は ±0.02 程度と十分に狭いのに、上位が分かれません。理由は統計(コーパスのばらつき)ではなく、モデル(同時押しの重さ β) です。

β2 キー同時押しの重さ上位の顔ぶれ
β = 0.3単打 1.3 回分(同時押しが軽い)1 位 NICOLA(1.626)、2 位 新下駄(1.648)、3 位 薙刀式 ortho(1.671)。新月 ANSI30 は 7 位、新月 現行は 12 位
β = 0.6(主表)単打 1.6 回分1 位 新下駄(1.743)。新月 ANSI30 は 5〜7 位、新月 現行は 12 位
β = 1.0単打 2.0 回分(同時押しが重い)1 位 月見草(1.804)、2〜4 位 新月 ANSI30、5 位 新下駄、8 位 新月 現行。NICOLA は 14 位、薙刀式は 22・24 位まで後退

「2 キー同時押し 1 回は単打何回分の時間か」を直接ミリ秒で測った研究は、文献調査でも見つかりませんでした。 この空白がある限り、同時押し系と順次打鍵系の順位は決められません。β を 3 通り振っているのは、この空白を埋める代わりです。

新月配列の位置

  • 新月 ANSI30 案(30 キー・順次打鍵・周辺キー不使用): 5〜7 位、1.815〜1.825。第 1 群。
  • 新月 v8.6(現行): 12 位、1.887。第 1 群。
  • 上位 4 方式のうち、新下駄は数字段と JIS 記号キー、NICOLA は親指キーと JIS 余剰キーを使います。月見草と薙刀式は標準キーボードで動きます(月見草は 31 キー・順次、薙刀式は 30 キー + スペースの同時押し)。
  • 新月は 30 キー + 順次打鍵(同時押しなし) で同じ帯に入っています。ただしこの条件で新月が唯一というわけではなく、月見草が同じ条件で新月より上にいます。導入は IME のローマ字テーブル(Google 日本語入力 / hazkey)または Karabiner-Elements の設定で行い、キーボード配列そのものは触りません。

つまり ハードを解禁して得られるのは「同格グループの中で動く自由」だけ で、群を 1 つ上げる効果はありません。

新月 v9.0 の位置(2026-10-17 追記)

配布リポジトリの main が 2026-10-17 に v9.0(配布 v2.0.0)になりました。変わったのは ☆ → ゛ → キーの 3 打の層だけです。この層の短縮を「どの列も上から ょ・ゅ・ゃ」にそろえ、み の列と ち の列を足し、でぃ・でゅ・ぢゃ と ; の短縮、み の旧位置を外しました。単打・☆ ★ の層・後置の ゛ は変わりません。速さを上げる変更ではありません。

同じ評価器・同じ公開コーパス(150,024 かな)・ベンチ既定の条件(β = 0.6、重みセット = 既定)で測ると、v9.0 の時間/かなは 1.891 でした。2 章の表の 新月 v8.6(1.887)と 月配列 2-263(1.892)の間に入ります。どちらとも有意差(壁)はなく、同じ群です。

  • この値は 56 方式の評価(2026-09-13)のあとに測ったものです。2 章の表・図・順位範囲には入れておらず、順位も付け替えていません。信頼区間と 15 条件の順位範囲も、ここには載せていません。

追記(2026-10-18): 追加で測った 9 方式

大岡俊彦氏の記事で挙げられた配列と、薙刀式の現行版 v17 を、56 方式と同じ評価器・同じ公開コーパス(150,024 かな)・同じ条件で測りました(測定は 2026-10-16)。同じ計算で元の 56 方式の値が 1 つも変わらないことを確かめたうえで、9 方式を足しています。2 章の表・図・順位は 56 方式のままです。

方式打鍵方式時間/かな95% CIβ=1.0打鍵/かな2 章の表での位置
薙刀式 v17 (ortho・派生)同時1.8051.794–1.8151.9911.203 位 月見草 と 4 位 薙刀式 v15 (ortho) の間
薙刀式 v17 (JIS)同時1.8421.830–1.8772.0351.167 位 新月 ANSI30(効率)と 8 位 薙刀式 v14 (JIS) の間
シン蜂蜜小梅 NE同時1.8721.843–1.9072.0151.249 位 飛鳥 123 と 10 位 新 JIS の間
ローマ字(夏目)順次2.1092.096–2.1222.1091.7127 位 月配列 3-226 と 28 位 ローマ字 大西 + 短縮符号 の間
ローマ字(大和)順次2.1202.106–2.1362.1201.7127 位 月配列 3-226 と 28 位 ローマ字 大西 + 短縮符号 の間
ローマ字(せおと)順次(ん・っ・ー は同時押し)2.2792.267–2.2892.3121.7430 位 けいならべ と 31 位 ローマ字(Eucalyn)の間
ローマ字(Tomisuke)順次2.2792.264–2.2942.2791.7130 位 けいならべ と 31 位 ローマ字(Eucalyn)の間
ローマ字(サーモン-2)順次2.4452.428–2.4622.4451.7131 位 ローマ字(Eucalyn)と 32 位 月配列 U9 rc2 の間

TRON かな配列は、この表にも順位にも入れていません。一次資料(Personal Media の μTRON キーボード資料)は親指の位置にある左右の Shift を前提にしていて、標準キーボードのどのキーに割り当てるかを決めていないためです。割り当てはこちらで決めるしかなく、それによって結果が大きく動きます。

  • 左右の Shift を 無変換・変換 に置いた場合: 1.740(95% CI 1.731–1.755)。2 章の表の 1 位(新下駄 1.743)より上に来ます。
  • 左右の Shift を通常の Shift キー(小指)で押す場合: 2.580(同 2.559–2.605)。2 章の表の 34 位 DvorakJP と 35 位 ローマ字(Hands Down Neu)の間です。

分かったこと

  • 追加した 9 方式(TRON を含む)に、新月 v8.6 を壁の定義で上回るものはありませんでした。 新月 v8.6 より速いのは TRON(無変換・変換に置いた場合)・薙刀式 v17 の 2 行・シン蜂蜜小梅 NE ですが、どれも 15 条件のうちいくつかでは新月 v8.6 が上になります(新月 v8.6 より上だったのは、TRON が 15 条件中 14 条件、薙刀式 v17 (ortho・派生) が 10 条件、薙刀式 v17 (JIS) とシン蜂蜜小梅 NE が 9 条件)。TRON を含めた 65 方式でも、除いた 64 方式でも、厳密な壁は 0 本、同格グループは 1 群のままです。
  • 薙刀式 v17 は v14・v15 よりわずかに速いものの、有意差はありません。 JIS 版は 1.851 → 1.842(−0.5%)、ortho 版は 1.811 → 1.805(−0.3%)です。15 条件すべてで v17 が上でしたが、95% 信頼区間は重なります。打鍵/かな は版で変わりません(JIS 1.16、ortho 1.20)。ortho 版と JIS 版の差も、v17 どうしで 0.037、旧版どうしで 0.040 とほぼ同じです。2 行の差のほとんどは、版ではなく、ortho 用と JIS 用の 2 つの定義の違いによるものです。
  • 評価したローマ字系で最速だったのは、大西ではなく夏目配列でした。 夏目配列(2.109)と大和配列(2.120)は、大西(2.156)・大西 + 短縮(2.153)より速い結果です。夏目配列は、かな系の 月配列 3-226(2.107)と並びます。上位のかな系(1.74〜1.89)との差は 11〜21%、新月 v8.6(1.887)との差は 11.7% です。
  • せおと(2.279)・Tomisuke(2.279)・サーモン-2(2.445)は、大西より遅い結果でした。
  • これで評価したローマ字系は 28 通りになりました。四月一日配列は、作者本人の配置図や配布物が見つからず、測っていません。

定義の作り方と注意

  • 薙刀式 v17 (JIS): eswai keyboard_analyzer 収録の jis_naginata17.json(コミット 5a57188)を使いました。このファイルは、センターシフト側で打つ かな・句読点 25 個(の・も・に・、・。 など)を「スペース → かな」の 2 打として書いていて、v14・v15 の定義(同時押し 1 動作)と書き方が違います。公式マニュアルの打ち方はどの版も同じなので、この 25 個だけを v14・v15 と同じ 1 動作の書き方に揃えてから測りました。揃えずに測ると 1.934 です。
  • 薙刀式 v17 (ortho・派生): keyboard_analyzer に v17 の ortho 版がないため、v15 ortho のキー形状に v17 のかなの割り当てを載せた派生版を作りました。公式の定義ではありません。上と同じく揃えてあり、揃えずに測ると 1.858 です。
  • シン蜂蜜小梅 NE: 作者 141F 氏の設定ファイルの記事(2025-08-23)にある紅皿用の定義を、機械的に変換しました。親指は作者の推奨どおり 左=スペース、右=変換 です。作者が定義しているタイプアシスト(だけ・でも・ませ など、2 かなを 1 動作で打つもの)も含めています。
  • TRON かな: 標準キーボードへの割り当ては、上に書いたとおりこちらの判断です。配列は Personal Media の資料の図から手で写しました。半濁音(清音のあと 右 Shift + ゜)は 2 打として数え、Shift を押す負担は数えていません。
  • 夏目配列: 作者のディット氏(@ditto_fe)が X に投稿した配列図(2026-09-15)から手で写しました。綴りは標準のローマ字です。
  • 大和配列: 作者 本城靖大氏のリポジトリにある 2026-06-03 の版です。
  • せおと配列: 作者 koyasi777 氏のサイトと、作者の解析ツールにある通常版です。作者の拡張(C=K、X=YA、J=YU、Q=YO など)は含めています。ん・っ・ー は右手の裏レイヤーなので、レイヤーキー(無変換に置きました)との同時押し 1 動作として数えています。任意の拡張とされている子音連続の短縮は入れていません。分割キーボード向けの配列ですが、ほかと同じ標準キーボードの指割り当てで測っています。
  • Tomisuke 配列: 作者 とみすけ氏のページで配布されている JIS 版(2023-08-14 の記号位置)です。
  • サーモン配列: 作者 Paalon 氏の記事にある最終版「サーモン-2」です。

4. 限界と注意(ここを読まずに数字を引用しないでください)

4-1. 同時押しの実時間は未計測

前述のとおり、同時押し 1 回の実時間コストは文献にもありません。新下駄・薙刀式・親指シフト・飛鳥の順位は β 次第で 1 位〜27 位まで動きます(順位範囲の列を参照)。「新下駄が 1 位」も「月見草が 1 位」も、どちらもこのモデルの中では等しく成立します。

4-2. 双月・双星(両手同時押し)の扱い

自作の両手同時押し方式である双月 v4.1 / v6・双星は、左手 1 音節 + 右手 1 音節を同時に押す本来のストローク(最大 4 かな・最大 8 キー)として評価しました。

  • ストローク/かな は 0.47〜0.49 で全 56 方式中の最少。
  • しかし β の影響が最も大きく、β=0.3 で 2.29〜2.84(Dvorak 級)、β=0.6 で 2.96〜3.67、β=1.0 で 3.87〜4.77。
  • さらにこのモデルは、連続ストロークで同じ指を使うことを同指連続(×1.6)と数えるため、全指を離して押し直す両手同時押しには構造的に不利 に働きます。

順位範囲が 28〜56 位と極端に広く、このモデルでは双月・双星を評価できていない と考えるのが正直なところです。順位表の 40 位・47 位・56 位という数字は、そのまま「遅い」と読まないでください。

4-3. 私的コーパスの汚染と、その対処

当初の私的コーパス(18 万かな)を調べたところ、同じ 30 文字の並びが 3 回以上出現する部分が全体の 44.7%(同一文が 267 回繰り返されている箇所すらありました)を占めていました。定型文の繰り返しです。

文単位と 20 文字窓で重複を落として 18 万 → 9.2 万かな に清浄化したところ、それまで上位にいた「ゃ」「ろ」が上位から消え、汚染版が推していた最適化案は繰り返しの産物だったと判明しました。

対処として、主表は公開コーパス(15 万かな)で計算し、私的コーパスは対照(順位の再現性チェック)にのみ使っています。 上位方式の順位差は主表と対照で ±2 以内、最大の差は JIS かなの −5 と ミズナラの −7 でした。

4-4. 「動作/かな」という指標に注意

既存のベンチマークツール(eswai keyboard analyzer)の「動作/かな」は、前置シフトを本体と束ねて 1 動作と数えます。この数え方で月系(1.11)と新下駄(0.96)を並べると、月系が 15% ほど有利に見えます。本ベンチマークでは前置シフトを 1 打として別に数え、同時押しだけを 1 動作としています。過去のベンチ表を読むときはこの差を割り引いてください。

4-5. 評価した版が古い配列がある

薙刀式は 2 行とも旧版の定義で評価しています。ortho 版は v15(eswai keyboard_analyzer の ortho_naginata15.json)、JIS 版は v14 集大成版(同 jis_naginata.json)です。2 行の差には配置(ortho/JIS)だけでなく版の違いも含まれます。現行は v17 ベスト版(2026-06-29 発表)で、keyboard_analyzer にも jis_naginata17.json が収録されています。ぶなは v2.0 で評価しており、測定日の時点で v3.0rc2(2026-08-24)が公開されていました。いずれも未再測定です。再測定すれば順位が動く可能性があります。

(2026-10-18 追記)薙刀式 v17 は、その後追加で測りました(追記)。JIS 版は 1.842、ortho 派生版は 1.805 で、どちらも旧版よりわずかに速いものの、有意差はありません。ぶなの現行版は未測定のままです。

4-6. 実測ではない

これは打鍵時間モデルによる推定であり、実際にタイピングした計測ではありません。参考として文献の実測値を挙げると、英語ステノは 225〜360 WPM、日本語ステノ(ステノワード・はやとくん)は習熟者で 300 字/分超と報告されており、辞書系はキー配列モデルでは評価できない別次元 にあります。「かな配列を超える」にはこの世界に行くしかありませんが、それは配列ではなく別の技能です。

4-7. 評価時の新月の定義ファイルに並び順の誤りがあった

評価に使った新月の定義(shingetsu_analyzer.json、2026-09-13 時点)には、シフト面のかなに ゛ を付ける 3〜4 打の並び順が逆になっているなどの誤りがありました(例: ぼ が ☆ → E → ゛ ではなく E → ☆ → ゛ の順。ぢ の起点のキーと、みゃ・みゅ・みょ の前置キーにも誤り)。打鍵数は同じで、遷移の重さだけが変わります。定義ファイルは 2026-09-25〜26 に直しました。

同じ評価器と別のコーパス(青空文庫『こころ』『坊っちゃん』30.7 万かな)で、誤りのある定義と直した定義を比べると、推定時間は 1.8787 → 1.8757(−0.16%)で、95% 信頼区間の幅より小さい差でした。本文の数値は評価時のまま載せています。


5. まとめ

  • ハード制約を外しても、新月配列を有意に超える日本語入力方式は見つかりませんでした。上位のかな系はすべて同格です。
  • 上位のかな系とローマ字系のあいだには 11% 以上の差があります。ただし追加で測った夏目配列が かな系の 月配列 3-226 と並び、かな系の下位とローマ字系の上位は重なります。(2026-10-18 訂正: 初出は「かな系 vs ローマ字系の 15% 以上の差 が、このデータで唯一はっきりしている境界です」)
  • 同格グループ内の順位は、統計ではなくモデルの仮定(同時押しの重さ)で決まっています。 実打鍵時間を測らない限り、そこは埋まりません。
  • 新月配列の売りは「1 位であること」ではなく、標準キーボード・順次打鍵・例外の少ない濁点規則(清音 + ゛)で同格グループに入っていること です。標準キーボードで動く上位配列はほかにもあります(月見草・薙刀式)。

続きは以下をどうぞ。


データと再現方法

項目内容
評価器統一評価器 evaluate.py(Python)。式は 1 章のとおりです。評価器のコード・配列定義・結果データは 2026-10-18 時点で未公開です(追加の 9 方式も同じ。公開に向けて整理中。公開までは本記事の数値を第三者が再現することはできません)
配列定義形式eswai keyboard_analyzer 形式の JSON(keys / conversion)
トークン化analyzer.js の analyzeKeyboard と同じ(先頭 3 文字までの最長一致、半角化フォールバック、未変換は 1 文字読み飛ばし)
主表コーパス公開 150,024 かな(青空文庫『こころ』『坊っちゃん』+ Wikipedia 10 記事)
対照コーパス私的 91,875 かな(重複除去済み・内容非公開)
英語コーパス200,001 字(Pride and Prejudice + Wikipedia 2 記事)
除外「」と ゔ は打てない配列があるため全配列で除外
既定パラメータβ = 0.6、重みセット = 既定
信頼区間40 チャンク × 200 回ブートストラップの 95%
感度分析重み 5 セット(既定 / 同指 2.0 / 交互 1.0 / 小指 2.4 / E 平坦)× β 3 通り = 15 条件
評価対象日本語 56 方式(かな系 27・両手同時 3・ANSI 30 キー版新月 3 案・ローマ字系 23 = 英語配列 17 個・大西・Eucalyn・DvorakJP・短縮符号つき 3 種)、英語 17 配列。2026-10-18 に 9 方式(薙刀式 v17 の JIS・ortho 派生、シン蜂蜜小梅 NE、TRON かな(参考)、ローマ字の夏目・大和・せおと・Tomisuke・サーモン-2)を追加
測定日2026-09-13(追加の 9 方式は 2026-10-16)

配列定義のうち、月系 10 配列(月 3-226 / 4-698 幸花 / 5-315 / 5-532 / 5-680 / 朧月 / ミズナラ / 中指シフト月光 / 月 T / U9 完成版)は、配列 wiki と大岡俊彦氏の月配列一覧を出典に、月配列 2-263 の物理鍵・指配置テンプレートへ conversion のみ差し替えて定義しました。各配列表に明記のない濁点・半濁点・稀少仮名(ゔ・ゎ・ヶ・ゐ)は 2-263 の位置にフォールバックしています。この推測箇所は打鍵数にほぼ影響しませんが、厳密な再現ではありません。またこれらの配列の「ハード要件」はテンプレート由来であり、各配列が実際に JIS 余剰キーを必要とするかは個別に確認していません。

規則が図から確定できなかった配列(月配列 Yx / ハイブリッド月配列 / 水草配列 / 弓配列)は評価対象から除外しました。文脈依存で後続シフト面の意味が変わる方式は、静的な「かな → キー列」対応表に還元できないためです。

新月配列の定義データ・設定ファイルは GitHub リポジトリ(MIT)で公開しています。

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